読書レビュー⑦~若き獅子~池波正太郎
書名-若き獅子
著者-池波正太郎
出版-講談社文庫
著者紹介
日本の時代小説の大家の一人。「鬼平犯科帳」「剣客商売」などが代表作。
鬼平犯科帳や剣客商売はTVドラマ化もし、小説読者以外のファンも獲得した。
おそらく日本の大衆向けの歴史小説としては最も成功した小説家の一人と言える。
内容
本書は表題の「若き獅子」を含めた8篇の短編から成っている。
8編を紹介すると、赤穂義士を主題とした「消防士浅野匠頭の見参」「台所に隠れていた吉良上野介」の2編、「自由奔放の天才画家・葛飾北斎」、幕末の英傑たちを題材とした「若き獅子-高杉晋作」「悲運の英雄-河井継之助」「壮烈なる弧忠-松平容保」「新選組敗走記」「明治元年の逆賊-小栗忠順」の5編となる。
ちなみに短編と記したが、厳密にはこの本に収録されたものは全て「小説」ではない。
解説にも書かれているが「歴史読物」と言う分類になる。
「歴史読物」と言う所以は、歴史の史論や読物を収録した「歴史読本」に掲載されていたものであり、小説ではなく史論のような視点が必要であるということ。
つまり、小説はある種のファンタジーが認められるのに対し、あくまでも史実、もしくは史実と思われる視点を持ちながら書くことが求められるのが「歴史読物」と言えると思う。
そういうわけで、本書に収録された8編はいずれも小説のような臨場感を持って書かれながらも、史実とされる内容を丹念に追った内容となっている。
とはいえ、「歴史読本」というある種市井の歴史マニアを対象とした本に掲載されるだけあって、誰でも知ってるような話では当然終始しない。
赤穂義士の話では「浅野内匠頭は消防士としては優秀だった」や忠義に殉じたと英雄視される赤穂義士についても「様々な思いがあった」ことを暴露するなど読者に新しい視点を与えるようにしている。
特に最後の4編はいずれも幕末・明治維新の「負け組」にスポットを当てており、特に「明治元年の逆賊-小栗忠順」では官軍の側にあり勝者である者と負け組の小栗忠順の人間性の格の違いなどを示し、負け組であったものが、必ずしも人間的・能力的に劣っていたわけではないことを示した。
「歴史読物」とは言え、さすがは大衆歴史小説の大家の文。
ついつい引き込まれるような書き方をされており、歴史マニアに限らず楽しめる作品となっている。
というよりは、あとがきで「これは歴史読物なんですよ」と言われて初めて小説ではないことに気づくくらい、引き込まれること請け合いである。
本書が編纂されたのは2007年と既に10年経っているが、内容が歴史物であることもあって、古さは感じない。また、池波正太郎に対しファンタジックな大衆歴史小説家という認識を持っている人は、本書を読めばその歴史に対する知識の深さに驚くのではないだろうか。