読書レビュー①~アガサ・クリスティー「さあ、あなたの暮らしぶりを話して」~
書評①
■書名・・・さあ、あなたの暮らしぶりを話して
■著者
アガサ・クリスティー 出生地:イギリス、1890年生まれ。
いわずと知れたミステリー界の女王。
ポワロやマープルといった名探偵を生み出した。
代表作は「オリエント急行の殺人」「ABC殺人事件」「ポケットにライ麦を」「そして誰もいなくなった」等多数。
■作品の背景
1928年にクリスティーは亡くなるまでのパートナーとなるマックス・マローワンと結婚。そのマックスが中東(イラクやシリア)を研究する考古学者であり、頻繁に中東に滞在し発掘を行っていたことから、結婚したクリスティーも同行するようになる。
当時の中東は第二次大戦前であり、民族主義的な趨勢が高まってくる時期にあたり、本書の前半に当たる時期はイラクで発掘していたものが、後半シリアに舞台を移すのは、イラクでの民族主義の高まりで現地政府との問題が発生したことによる。そして大戦後の3期に分かれる。
そのため、本書の内容の時期は大英帝国が世界最強最大の国家であり、植民地主義が主流であった時代から民族自決・国民国家の設立が中心となる戦後体制への変動期にあたる。
・本の内容
本書はクリスティーの作品ではあるが、小説ではなくノンフィクションである。
マックス・マローワンとの結婚後、その発掘旅行に同行した日々を記したもの。
本書の中では概ね3期に分かれており、依然大英帝国の栄光が強い1期、民族主義の台頭できな臭くなってきている大戦前夜の2期、そして大戦後の3期である。
夫マックスとともに行った発掘旅行を記したものだが、内容としては発掘については外観的な様子は書かれても具体的なことは書かれていない。
むしろ、日常生活や関わった人々についての描写が中心となっている。
・評価
本書の特徴はやはり表題の通り、「暮らしぶり」にフォーカスして書かれているという点だろう。
著者はまえがきで、人が中東に行っていたと聞くと「どんな生活をしていたの?」と聞いてくると書いている。
そして考古学もまた古代の人たちに「どんな生活をしていたの?」と尋ねるものなのだと。
そういったわけで本書では発掘旅行に同行していながら、その具体的な成果などには触れず、ひたすら日々の暮らしや人々の描写が行われている。
建築技師マックの不愛想、大佐の生真面目さ、マンスールの鈍さ、スーブリのテキパキしたところ、現場作業員のいい加減さ、地主であるシークの金にガメツイ様子など、様々な人々の表情などがイキイキと 描かれている。
クリスティーの小説も、当時の英国の生活を知るのに適しているように思われるが、本書も当時の中東の様子を 現場レベルで見れる資料と言ってもよさそうだ。
中にはクルド人とアラブ人との違いや現地人同士の宗教の違いによるイザコザなど、現在にも存在する問題が 当時から存在したことを窺わせる記載もある。
本書が発表されたのは大戦後である。エピローグにも書かれているように戦後4年間、当時のことを思い返した上で発表されたという経緯を考えるなら、やはりこの作品はクリスティーにとって幸せな結婚生活の象徴的な時期 であったと言って良いのではないだろうか。
最終章の最後にクリスティー自身が夫マックスに語っている。
『「考えてるのよ」とわたしはマックスに言う。「これはほんとにすばらしい、しあわせな生きかただったって・・・」』
まさにこれがクリスティーの本音であり、本当に言ったかどうかは別にしてクリスティーの本心であったのだろう。